草軽電鉄物語 歴史探検・・・・・写真をクリックして、ゆっくりお楽しみください
トップページへ
会社概要
有料道路
売店・貸自転車
その他の業務
バス
路線バス
定期観光バス
草軽電鉄物語
歴史探検
路線図
公式資料室
見どころガイド
トップ25ご案内
リンクページ
     
 
草軽電鉄物語・歴史探検
 ■草軽 会社創立への動き〜創業時代
草軽電鉄の創業は、スイスの登山電車のように高原の避暑地へ、又、草津温泉へと旅客を導くというアイデアに端を発し、さまざまな努力によって会社設立へこぎつけた。明治45年2月草津軽便鉄道株式会社発起人一同による「創立の趣旨」の中には次のように書かれている。「本鉄道は、一面草津その他沿線の旅客を目的とするとともに、草津方面に出入する物資及び長野原・嬬恋・吾妻牧場付近より積み出す木材・薪炭・その他貨物輸送のため」「この地方の発展に資するところあらんとする。」
  蒸気機関車一号 小瀬温泉-長日向間の柳川鉄橋を渡る蒸気機関車1号(大正6年)

  デキ12型 急カーブを走るデキ12型 カーブにさしかかると、電車は 「キーン、キーン」とレールをきしませる。

  昭和21年夏 昭和21年の夏、旧軽-三笠間にて
女性の車掌が乗務している。人々の表情も明るい。


 ■全盛期の草軽
大正14年草軽電気鉄道と社名を変更。
大正15年9月、軽井沢〜草津間、全長55.5kmが全線開通し、『四千尺高原の遊覧列車』をキャッチフレーズに草軽電鉄は活気にあふれた時代を迎えた。多くの文士や著名人が軽井沢、草津を訪れた。
湯治客や避暑客を乗せて走った草軽の電車は、戦時下、戦地へ赴く出征兵士達を運ぶようになった。
 ■ああ、廃線 47年の歴史に幕
終戦直後の昭和21年3月、草軽電鉄はピークの46万人という乗客を記録した。しかし翌月、国鉄長野原線が上越線渋川〜長野原間の旅客営業を始めた。乗客は減り始め、あいつぐ台風の被害が追い討ちをかける。昭和35年、草軽鉄道の乗客は、全盛期の約8分の1の5万6千人に激減。惜しまれながら昭和37年廃線となる。
廃線の日  
 
     
  草軽交通株式会社 389-0104長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢東8-1
TEL0267-42-2041 FAX0267-42-5303 kusakaru@kkkg.co.jp
このホームページ内のテキスト及び画像は許可なく転載を禁じます。